先日の記事で、「辞書で調べてみたら、能はもとは歌舞伎のひとつで・・・」というようなことを書きましたが。
・・・これ、おかしいですよね???
能は14世紀に発達、歌舞伎は17世紀に発達したものなので、能の方が先にあったはず。
昔は「歌舞伎」という言葉が違うものを意味していたのかもしれませんが。
気付かなかった私もおかしいですね。
(いないと思うけど)もし、私のブログを読んで混乱してしまった人がいたら、ごめんなさい。
能楽は、観阿弥清次が、神にささげる滑稽な踊り(猿楽)に、田植えのときに神にささげる踊り(田楽)の要素を取り入れて作ったものだそうです。
この観阿弥清次の息子が、能楽を洗練させ大成させた世阿弥元清です。
世阿弥がお父さん(観阿弥)からきいたものを書きうつしたものが、能の奥義書、「風姿花伝」だとか。
能は、何ものにもたとえようのない、奥深くて風雅な味わい(幽玄)が最上の美意識だそうです。
歌舞伎は、出雲阿国がはじめた念仏踊りが最初といわれていますね。
この阿国歌舞伎が女歌舞伎、若衆歌舞伎、そして野郎歌舞伎と変わっていきました。
この流れを見ていくと、「あぁ、だから歌舞伎は男しか演じないのね〜」と納得がいきます。
(詳しくは、
超速 日本文化史の流れ
で)
ついでに、歌舞伎の脚本も見てみると、鶴屋南北や河竹黙阿弥が有名だそうです。
さらに、人形浄瑠璃の脚本も見てしまうと、近松門左衛門(「曽根崎心中」、「心中天網島」、「国性爺合戦」など)や竹田出雲の「仮名手本忠臣蔵」が有名だそうです。
このあたり、去年の試験に出ましたよね。
「近松門左衛門の著作で、歴史上の出来事に題材をとった人形浄瑠璃の脚本は?」
はい、「国性爺合戦」ですね。
私はできませんでしたが・・・。
でも、いいんです。
間違いから学ぶことが大事なんですから。
(あまり間違ってばかりいるのも問題ですけどね)
次は頑張ります!!